未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

自由と規律、池田潔著、濫読日記風 2018、その6

自由と規律―イギリスの学校生活 (岩波新書)を読んだ。

英国の古き良きパブリック・スクールについての紹介だ。著者は若き日にそこに学び後に慶應義塾大学で教鞭をとった日本人である。

英国における紳士的な精神とは何か、それをいかにパブリック・スクールというところで滋養するのか、そのようなことが自らの体験に照らして記されている。

著者がパブリック・スクール(日本においては中学高校に当たる)に通っていたのは、第一次大戦後で、リース校に三年、ケムブリッヂ大学に五年、合わせて八年の教育をイギリスで受けた。そして、その経験をもとに本書を発表したのが、1949年、第二次大戦後間も無くである。

自分はイギリスにおけるパブリック・スクール(中学高校)の実態がどのようなものか知らない。ハリーポッターの全寮制の学校生活くらいのイメージしかない。

本書は、小泉信三の序文、ありていに言えば推薦文だ、まえがき、パブリック・スクールの本質と起源、その制度、その生活、スポーツマンシップということ、という構成になっている。*1

「その生活」で、(一)寮、(二)校長、(三)ハウスマスターと教員、(四)学課、(五)運動競技、について記している。概説的な説明は困難だとしているが、公約数的な特徴を挙げている。

寮生活のエピソードなどは実際に体験したものでなければ書けない生き生きとしたものとなっている。

イギリスの教育については、わが国ではオックスフォード、ケムブリッヂ大学を論ずる人が多いが、パブリック・スクールを語る人はきわめて稀である。そして、パブリック・スクール教育の基礎は、知識教育は従属的で、人格の涵養(かんよう)、礼儀作法の習得に教育重点が偏するものとされて、いわゆる「紳士道の修行」という言葉に要約される。(4ページ)

「紳士道の修行」などという言葉は自分には想像もつかない。どのような教育環境があれば、そのようなものが身につくのか、そのヒントが本書にある。

イーヴィリン・ウォーという作家は寡聞にして知らなかったが、彼の作品「大転落」(本書では、Decline And Fallを、「衰頽(すいたい)と落魄(らくはく)」と訳している)を引きながらイギリスの社会におけるパブリック・スクールの出身者の立ち位置を示している。(あるいは「チップス先生、さようなら」などにその様子がうかがえる)

パブリック・スクールは私立の中学高校に相当し、寄宿舎(全寮制)によって生活する。

寮生活によって、教育されるというのが特徴になる。寮生活には厳然とした規則がある。そしてそれを破った時にどのような罰があるのか、著者の体験を記している。例えば生徒は学校指定の床屋に行かないといけないのだが、ある時、著者は悪いと知りつつ、もっと静かで設備のいい床屋に行った。そして、そこに校長がいたのを発見する。校長が、どのように著者に語ったかは本書を読んでいただくとして、実に粋なやり取りであった。そして、著者は「規律」とは何かを学ぶのである。(61ページ)

夜は自修がある。教師のいない自修時間には私語もない。ここでは自修時間が限られていることもあるが、勉強にあてられている時間には勉強をしようとする常識がある(94ページ)。一方で8時半に寮に帰り、寝室に行って、しおわらなかった宿題をしていたところ上級生に注意をされた。勉強のとき怠けることが悪いと同じく、他人が寛ぐときに一人勉強することは悪い。(95ページ)

仕事が終わらなかったら残業でも徹夜でもして終わらせるというのは紳士道ではないらしい。ふむふむと感じた。

日曜日の夜に全学生が講堂に集められて家郷に手紙を書かされる。イギリス人ほど手紙を書く国民は少ない。とにかく、彼らは書くことを悦び、読むことを楽しむ。(97ページ)

様々なエピソードを読むにつれ、紳士の心構え「ノブレス・オブリージ」がどのような環境で育てられるのか。身体的無形資産になるのか。そのようなことを考えた。

このような教育はイギリスの特権階級にだけ与えられたものなのだろうか。

イギリスのパブリック・スクールの伝統の一端を知るにつけ、日本における教育で、そのような機会があるだろうか、自分の中に消化しきれない何かを感じた。

この本をどのように発見したか

9月に大人の休日きっぷというので東北に旅をした時に、グランクラスの車内誌でたまたま本書が紹介されていて、青森の宮脇書店で購入した。誰の紹介文かすらも記憶にない。

下記はグランクラスで読んだ社内誌で紹介されていた。どれも未読だったので読みたいと思い、駅ビルに入っている宮脇書店で探してみたらすぐ見つかった。特に大きめの書店というわけではないし、店内検索システムも見当たらず、アナログで探したのだけど、特に大きな困難もなく発見できた。すごい。

どのような文脈でこの三冊が紹介されていたかは、ちゃんと読んでいないのでよくわからない。
大人の休日倶楽部パスで4日間行き当たりばったりの旅をした - 未来のいつか/hyoshiokの日記

年末にたまたま父の本棚に「自由と規律」があったので、面白そうだから読んでみようと思ったところ、積読の本の山から、まさに同じ本を発見した次第である。

奥付を見てみると90年ごろに購入したようなので、28年前である。父は既に亡くなっているので、直接話をすることはかなわないが、「自由と規律」という本を通じて対話をしているような気持ちになった。彼がなぜ本書を買おうと思ったのか、読んでどのような感想を持ったのか、知る由もない。しかし、一冊の本のおかげで時を隔てて父と息子が対話する僥倖を得た。

本書は自分に読書の悦びを教えてくれた思い出深い一冊になった。