未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

シリコンバレーで見た自由闊達な議論の場所

自分が受けたインタビューを自分が解説するという変な企画の第4弾(笑)。スーパーハッカー列伝。吉岡弘隆氏

その1 ソフトウェアの国際化をやっていたころの話をしよう http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20100113#p1

その2 そろそろUnicodeについて一言いっておくか http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20090419#p2

その3 そろそろオラクルについて一言いっておくか http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20100116#p1

会社に依存しないで技術に真面目に向き合う

最近のキーワードは勉強会

吉岡 私が最近、勉強会とか熱に浮かされたように言ってるのは、そういうコミュニティを作りたいからなんですよ。

川井 なるほど。

そういうコミュニティというのは、プロフェッショナルがプロフェッショナルとして評価されるコミュニティ。専門家集団。

吉岡 会社に依存する人じゃなくて、技術に真面目に向き合う人をどれだけ発見してそれを社会として担保していくのかということなんです。その人たちがどう流通し、学ぶ場所をどう提供していくのかということなんですね。そういう社会の方が、会社にずっと依存している社会よりも一人ひとりにとっては幸せに近いだろうなんていうことを10年前にシリコンバレーという場所でなんとなく見聞きしましたね。

川井 素晴らしいですね。

吉岡 例えば95年に初めてシリコンバレーに行ってね、スーパーとか電気屋さんでフリーペーパーみたいのがあって、後ろにカレンダーがついてるわけです。
そのカレンダーには英語の教室とか趣味のなんとかとかサークルのことが書いてあるんだけど、その中にコンピューターのサークルがいっぱい載ってるわけですよ。月の何曜日にはどこどこで集まるよとか会費$5とか勝手に来ていいよとか電子メールの連絡先とか書いてあるわけですね。
そういうフリーペーパーを見て「面白そうだな、今度行ってみるか」みたいなことで、非常にインフォーマルな集まりがあったんですね。
例えばスタンフォード大学では毎週金曜日の午後3時ぐらいだったと思うんですけど、データベースのセミナーみたいなのがあって、その大学の先生が講義するだけじゃなくて、「オラクル」にいる人とか「マイクロソフト」とか「IBM」とかの人が小一時間ぐらい自分のところの製品の話をするんですね。
学生さんはそれが単位になるからちゃんと出席はするし、誰が入ってきてもよくて、近所のエンジニアが勝手に入って質問したりするのも良いみたいな感じでした。それって学生にとってはもちろんメリットがあるんだけど、それ以上に技術者にとっても自分の技術が絶対値としてどこら辺にあるのかなということを認識できるというメリットがあると思うんです。自分たちの製品が絶対値としてどこら辺にあるのかなっていうのを切磋琢磨するという意味では、スタンフォード大学のような大学が、ある種の非武装地帯みたいになっていて皆がカジュアルに集まれるという感じでしたね。

川井 なるほど。

吉岡 例えば日本では当時ね、自分がソフトウェアの日本語化をやって、国際化やって、RDBMSとかで「こういう工夫をしました」なんていうことをカジュアルに誰かにお話して、それについて喧々諤々やるっていう場所は残念ながらなかったですね。

川井 そうですよね。

吉岡 もちろん学会とかはあったけど、学会もある種研究者のたまり場であってエンジニアが今困ってる問題をガシガシっていうのは、ゼロとは言わなくてもそんなにはなかったです。私のアンテナには、ほとんどひっかかってなかったですね。たぶん量も多くなくて「日本UNIXユーザー会」とか「ソフトウェアエンジニアリング・アソシエーション」とかあったことはあったんだけど、ちょっと違ってましたね。

川井 そうでしたか。

吉岡 でもシリコンバレーはそういう勉強会みたいなのが山のようにあって、カジュアルに集まれるし、あんまり会社にバインドされてないんで、知り合い同士で飯食いに行くときに単なる与太話から技術的に凄いディープな話とかっていうのがガシガシできるし、それは面白かったですね。

スタンフォードのデータベースセミナーでもそうなんだけどプロフェッショナルがカジュアルに議論できる場所があるというのが羨ましかった。

学会でもない、業界団体でもない、第3の場所としての自由闊達に議論できる場所と言うのが素晴らしいと思った。

川井 そうですね。最近そういう所がやっと増えてきたというのはありますよね。

吉岡 人材の流動性じゃないですかね。それである程度インターネットがあるんで、何をやってるかっていうのはWebかなんかに書いておけば誰かが発見するじゃないですか。そういう勉強会も日々活発に行われてるし、自分で立ち上げてる人もいますよね。

川井 そうですね。

本音の情報がすごいスピードで流通すると、ベストプラクティスがどんどん共有されていく。人材が固定化していると、言語化しにくい、形式知にしにくい本音の情報は共有するのが難しい。それが人材流動化すると、人とともに形式知にしにくいものが、例えば経験とかが徐々に共有化されていく。

飲み会でもいいんだよ

吉岡 そこではやっぱり、かなりリアルな本音ベースの話が広がってきてて、凄い心地よいですね。そういうのは。別に単なる飲み会でもいいんですよ。

川井 そうですね、わかります。

吉岡 単なる飲み会でも、そこで本音の情報が流通してれば、だんだん仕組みとしておかしいことっていうのが炙り出されてきますよね。それこそ多重下請け構造イカンということで、皆がそれ以外の方法を業界全体として模索するきっかけになれば変わっていくだろうし。

川井 そうですね。

吉岡 そこは非常に楽観してますね。Web系のサービスを提供するところなんていうのは特に若手の技術者が自分の技術に対して凄い一生懸命真面目に取り組んでて、私もう頭下がっちゃう思いがあるんですね。

川井 なるほど。

吉岡 彼らなんか酒飲みながらも議論してますからね。自分の技術に関してね。それで、下手すると飲み会の後に会社に戻ってそのアイデアを早速実装しちゃったりして次の日にはサービス作ってそのプロトタイプ見せたりとかねするんです。そこにはやっぱり自分のサービスに対する誇りとか責任感ていうのは非常にありますよね。だからそこはむしろ大手のやらされてる感を持ってだらだらプログラムとかソフトウェア作ってる人よりも、小さい聞いたこともない会社のソフトウェアサービスの方が魂こもってたりするところっていうのはあると思うんですよね。

川井 なるほど。Webはやっぱり業務系システムと違って、物を売ったりとか人を集めたりとか目的が全然違うんですよね。違うスキルとかモチベーションとか要求されますよね。

自分のサービスが直接エンドユーザに伝わるという形式が新しいソフトウェアの開発方法論と非常にマッチしている。従来のウォーターフォールモデルではなしとげなかったようなアジャイルな開発方法論である。

飲み会ドリブンなアジャイルな開発

吉岡 そうですね。この間も「Wassr」っていうマイクロブログみたいなのを作ってる人と飲む機会があったんです。

川井 モバイルファクトリーの松野さんですよね?

吉岡 はい、松野さんです。インタビューされてましたよね?

川井 「Engineer25」というコーナーに出ていただきました。

吉岡 自分のサービスに世界中で一番興味があるのは松野さんなわけですよ。

川井 はい、わかります。

吉岡 自分のサービスなんで当たり前の話ですよね。

川井 そうですね。

吉岡 それで、こっちの方では「Wassr」の気に食わないところで盛り上がっちゃってて、別のところでは全然違う話をしてるわけですよ。だけど彼らにとってみれば自分の目の前の酔っぱらいのオヤジが「すげえ、お前作ったの?」とか言って、「これはいいね」みたいなことを言ってるとやっぱり気持ちがいいだろうし、励みにもなるだろうと思うんですね。別のところで「これだめだよ」みたいなことを言ってたら、「じゃあそれ直すか」みたいな話になってね。飲み会の席なんだけど間違いなく企画会議なわけですよ。

川井 そうですね。

吉岡 それで情報ロスいわゆる損失ゼロで、開発者とユーザが同じテーブルにいるわけじゃないですか。従来型のウォーターフォール・モデルだと誰かが要求仕様書書いて誰かが設計書書いて詳細設計を書いてコードを書くっていう人が全部違って、どこに魂込めんのよというところですよね。

川井 確かにそうなっちゃいますね。

吉岡 いつのまにか文字を書いている最中に魂消えちゃうわけですよ。だけど飲み会では、へべれけになりながら「おまえの作ってるサービスすげえよ。どんどんやれよ」みたいに酔っぱらって言ってるオヤジもいれば、「ここのボタン押しにくいよ」とか言ってるお兄ちゃんもいるんですよ。その中で世界で一番そのサービスに関してコミットしてて興味を持ってる松野さんはそこを受け止めて「じゃあ、こういうあれだったらどう?」「それいいね」とか、バグかなんか見つけちゃった人が「これやったらXSSいくぞ。ほら落ちたよ、Wassr」みたいなね「ああ、やめてくれよ。いい加減にしてくれよ」みたいなことやり取りをしてるんですよ。

川井 じゃあ、飲み会がアジャイル開発の現場みたいなんですね。

飲み会がアジャイル開発の現場になっている。
自分のサービスに魂を込める。それが、そのサービスの圧倒的な競争力になる。
ウォーターフォールモデルで、別々の人がそれぞれの工程を担当し、そのような魂を込めることができるか。わたしは非常に難しいと思う。

吉岡 本当にそうですよ。残念ながらそれは大手は真似できないですよ。そうなってくると大手のSIベンダーが真似できるかっていうと、残念ながらそういうやり方ではないじゃないですか。

川井 そうですよね。

吉岡 例えば、電話会社系のWebですね。それをどういう作り方してるかっていうと、なんか仕様書書いて、単価が安いということで外注先の若いお兄ちゃんにJavaかなんかで作らせるんですよ。そういう作り方で競争力あるわけないと現場の人はみんな理解してるんだけど、「じゃあなんで経営者はそれを理解しないの?」と、「経営者馬鹿なの?」と、そうじゃなくて正社員の君がスーパーハッカーになって松野さんと勝負しなくちゃいけないのに「単価安いから外注した方が」なんて言っているっていう話なんですよ。

川井 そうですよね。大手いくとほとんどコードを書く機会がないですからね。

吉岡 たとえば大手の会社がね、未踏のエンジニアを雇用できないかなんて言うとそんなことはなくて「Google」だっていっぱい雇用してるわけですよ。電話会社のでかい所がポータルサイト作りたいんだったらば、従来型のウォーターフォールじゃなくて、アジャイルで飲み会ドリブンな開発をできるようにしなきゃ駄目だと思うんですよね。

川井 そうですね。確かに仰るとおりですね。

吉岡 直属の上司ぐらいはそういう話が何となくわかるんだけど、上司の上司とか役員になると話通じねえんだよな。

川井 なるほど。

吉岡 宝の持ち腐れですよね。

川井 そうですよね。やっぱり、そういう方はほとんどSIerから辞めていきますよね。

まあ、Webサービスという特殊な世界は、そーゆーことだと思うのだが、日本のソフトウェア産業の売上の8割とかは、受託開発(いわゆるSIとよばれるようなもの)なので、さすがに飲み会ドリブンな開発はできないと思う。

バーチャルなGoogleが日本にはある

吉岡 そういう意味で言うとね、儲かってるのか儲かってないのかは分かんないですけど「はてな」あたりで楽しそうにやってる連中がいるわけですよ。

川井 そうですね。

吉岡 大学生がインターンかなんか行って、ひと月もやっていると感化されちゃってね、「これは日本を変えるな」みたいな感じになるわけじゃないですか。「mixi」でもそうだろうしね。今の「livedoor」とか「GREE」でもそうだろうしね。 WEB2.0系の小さい聞いたこともない会社っていうのは、そうやって徐々に開発研究基盤を作ってきてて、東京には「Google」みたいなジャイアントはいないけど、「mixi」があったりとか「はてな」があったりとか1つ1つのサービスって、結構尖ってるのがあると思うんです。それで、その連中のトップノッチのエンジニアっていうのは、みんな飲み会でつながってるんですよ。私、ラッキーなことに、そういう連中とほとんど顔見知りなんです。

川井 そうですよね。

吉岡 それはもう「GREE」に行こうが「楽天」に行こうが「ニフティ」行こうが、現場の20代30代のお兄ちゃん達とは、大体顔見知りです。なんで、本当に1円にもならないんだけど(笑)、ある意味でいうとバーチャルなGoogleっていうのは東京にも既にあるんですよね。

川井 なるほど。

現場の元気のいいエンジニアは、自社に留まるだけでなく、どんどん外に行って、勉強会に顔を出したり、飲み会で情報共有していたりする。

価値をお金に変えるエンジンは経営者

吉岡 だから、まつもとゆきひろさんは東京にはいないけどバーチャルには日本という地域の中で象徴的な存在としているわけだし、本当に大企業が気がついてない新しい価値の作り方っていうのが東京地方にはあって、シリコンバレーよりもはるかに競争力の高いものを持ちつつある予感がするんですよね。それでもし足りないものがあるとすればやっぱり、我々のような宝物の原石がいくらでもあるなかで、それをお金に換えるエンジンとしての世界レベルの経営者かなと思うんですよ。

川井 なるほどなるほど。

吉岡 何年か前のビットバレーみたいな胡散臭い話じゃなくて、実際にサーバー1000台規模を動かしてる若手の連中がいるわけだから、日々それをノンストップで動かしてる現場があってね、そういう連中のテクノロジーとか技術を生かしてお金にするような大人の経営者っていうのがあまりにも少ないかなと思うんです。

川井 なるほど。

吉岡 それさえ発見できればね、凄いエンジニアが山のようにいるんですよ。

川井 そうですよね。

吉岡 だって未踏だけでも200人とか300人いるわけでしょ。

川井 そうですよね。

吉岡 彼らが一人二人で孤立してて、その力を発揮できないのはもったいないですよ。

聞くところによると未踏の卒業生は1000人を越えているらしい。日本にはすごいエンジニアはいっぱいいるし、未踏に応募していないエンジニアもいっぱいいる。

経営者をどうやって育てるのか

川井 そうですね。まつもとゆきひろさんもRubyJavaと比較されるときに、JavaにはパトロンがついたけどRubyにはまだパトロンはついてないよねっていう話をされてましたけど、オープンソースの成長にお金っていうのはやっぱり大事なんですよね。それが経営とやっぱり結びつくのかなというところなんですけど、お金を出してそれをマネージメントするっていう人がなかなかいないっていうのが現状ですよね。

吉岡 それをどう育てるかっていうところだと思うんですよ。私ね、MBAっていう仕組みがいいか悪いか分かんないんだけど、少なくとも米国では卒業した先輩が若手をトップノッチの経営者として育てるっていうことをある程度社会としてやってるじゃないですか。
日本の社会にはプロフェッショナルな経営者はほとんどいなくて、大手の大企業の中のたまたま偉くなった人はいても、自分で会社を興してそれを世界的な規模の会社にした人なんかほとんどいないですよ。

川井 そうですよね。

吉岡 そういう大手で部長から本部長になり役員になってたまたま社長になった人っていう人が、若手の海千とも山千とも分かんないお兄ちゃんをどう育てるかっていうことにインセンティブを持ってるかっていうと持ってないし、それが社会的に重要だっていうことに気がついてるかっていうと必ずしもそうでもないんです。
じゃあMBAみたいな経営大学院みたいなの作って若手のプロフェッショナルな経営者を育てるっていうのもほとんどされてないじゃないですか。

川井 そうですね。ベンチャーより、とりあえず大規模に行っちゃう人が多いですよね。

吉岡 だからといって、なんでもかんでも起業すればいいかっていうとそんなことはないんだけど、若い未熟な人たちをどう育てていくかっていうのを社会全体がもう少しバックアップするようなことを考えてほしいななんて思いますよね。

川井 なるほどなるほど。おっしゃるとおりですね。日本には経営のプロはいなくてですね、そういう文化もないですし、一回経営やっちゃうと転職できないとか噂になったりする風習がありますよね。役員やってると履歴書ではねられちゃうみたいなとこありますよね。実はリスクは大きいけどあまりメリットがないっていう見方もできますよね。

吉岡 私はそこが少しずつ変わっていけば変わる思うんだけど、私の半径5mにはそういう人はあまりいないんで、困っちゃうんですよね。

若手経営者(?)って言うと、孫さん(ソフトバンク)、三木谷さん(楽天)とか本当に数えるほどしかいない。経営者を育てることが重要だと言う社会的なコンセンサスも醸成されていないような気がする。

川井 もう1つのプランとして、エンジニアの中からそういう人がでてこないかなと期待してる所はあるんですけどね。トップエンジニアの中でも経営能力を身につけて立っていく人って日本だと少ないですよね。それに期待を持ってる所も実はあるんです。

吉岡 あんまりいないですよね。相当難しいでしょうね。私だって本当に自分ができる範囲のことしかしてないんですよ。半径5mぐらいのところですよ。周りを変えるなんてことできるわけないんだから、自分を変えていくしかないし、自分が面白いと思ったことを「面白かったよ」って誰かに言って、世界のうちに一人でも「面白かったか。じゃあ真似っこしてみよう」っていうことを考えてくれる人が出てくれば面白いですからね。

わたしに出きることは結局のところ面白いことを面白いということだったり、若い人を励ましたり、そーゆーことだと思う。

他人と過去は変えられないけど、自分と未来は変えられる。

未来を作るのは、わたしであり、あなただ。