OSDL (Open Source Development Labs)とはなにか
1998年にNetscapeがソースコードを公開し、それが後のMozilla Foundation (Firefoxなどを開発している)になって、オープンソースが始まった。
オープンソースのライセンスは昔からあったGNU GPL (General Public License)やBSD Licenseなどと同様なものであるが、フリーソフトウェアがソフトウェアの「自由」を強調したのに対し、オープンソースはそれだけではなく商用利用にも積極的という特徴がある。
そのころのIT業界は、Microsoftが業界に圧倒的な影響力を持っていた時代であった。サーバーのOSはWindows NTが、シェアを延ばしていった。Unix陣営は、各社が独自のUnixを提供していたのでフラグメンテーションが進み、シェアをWindowsに奪われていった。
そこに突然現れたのが、Linuxでありオープンソースであった。
OracleのようなソフトウェアベンダーにとってMicrosoftは目の上のたんこぶであった。Windows向けのパッケージを持っていたが、そこにはSQL ServerのようなMSの競合製品があり、Windows上での競争はMSと比べれば不利である。UnixはUnixでハードウェアベンダーが各社独自Unixを出していたのでポーティングや検証のコストがかかっていた。
第三のOSとしてソフトウェアベンダーが注目するには上記のような事情があった。ハードウェアベンダーにとってもPC(インテルアーキテクチャー)サーバー向けのOSとして利用価値があった。
そのような状況のなか、Linuxをより堅牢なエンタープライズでも利用できるようにすることを目的により大手ベンダーによって2000年に設立されたのが、OSDL (Open Source Development Labs) である。当初の設立メンバーは、CA、IBM、Intel、HP、NECなど、その後、富士通、日立などが加わった。後にLinuxの作成者のLinus Torvaldsがフェローとして参加し、2007年にFree Standards Groupと合併し、Linux Foundationとなる。
Unixの統一は結局なされなかったが、Linuxに関しては、Linusのリーダーシップもあり、複数のカーネルが乱立しているということにはならなかった。
OSDLのメンバー企業にとってはオープンソースのコミュニティーに参加するときの文化の衝突を学ぶ機会にもなった。
ライセンス上は、フォークして独自Linuxを作ることは可能である。しかし、GNU GPLの場合、仮に独自Linuxを作ったとしてもそれを配布するためにはソースコードも公開しないといけないので、フォークする積極的な動機に乏しい。一方でBSD系のライセンスであれば、フォークしたソースコードを公開する義務がないので、独自拡張を秘匿しておける。わたしの個人的な印象であるが、BSD系のライセンスの場合、フォークする可能性が高いように感じる。(あくまでも印象なので定量的なデータを持っている訳ではない)。
いずれにせよ、Linuxが様々な流派に分離するということにはならなかった。
バグ修正や機能拡張などは、独自に抱え込むのではなく、積極的に本家に提供するというお作法が正しいという文化が根付いている。新参者にも、そのような教育をしつこくやっている。
ベンダーでプロプライエタリーなソフトウェアしか作った経験がないプログラマには、ソースコードを公開するということがオープンソース開発に於いて重要であるという認識が乏しい。そのような風習がない。開発のリズムにおいて公開しながら開発をすすめていくということの重要性を十分理解していなかったりする。そのような場合、コミュニティとのコンフリクトが発生したりする。
そのようなコンフリクトの発生と対処などがOSDLのカンファレンスなどで議論され、徐々に理解が深まっていった。
日本にも支部が出来て、横浜保土ヶ谷の事務所でよくカーネル読書会を開催させていただいた。
2000年代前半のころの話である。