心・脳・科学、サール著、読了
心・脳・科学 (岩波人文書セレクション)を読んだ。
言っていることはシンプル単純なことなんだけど、理解が全然追いついていない。ちんぷんかんぷんだ。
コンピュータと心に関する哲学書だ。
哲学者サールが1984年に行ったリース記念講演を元に記されている。*1
内容は平易でわかり易いはずなのだが、自分には読みこなすリテラシーが足りていないという感覚を味わった。
各章は次のように構成されている。心と脳との関係は何か(第1章)。ディジタル・コンピュータは、適切なプログラム、適切な入力、適切な出力があるというだけで心を持つことができるか(第2章)。心のモデルとしてのコンピュータのプログラムを考えることはどれほど適切であるのか(第3章)。人間の行為の構造の本質は何か(第4章)。社会科学は科学としてどのような地位を持つか(第5章)。そもそもわれわれには自由意志があるという確信は、宇宙は物理的システムないし相互作用する物理的システムの集合であるという宇宙観とどのようにすれば調停できるか(第6章)。(はじめに ix)
難しげな本(例えば、専門書)などを読んで理解が追いつかない時は、その用語や専門知識がなくてよく分からないというような感覚を味わうが、本書の解説は平易で何ら難しい言葉を使っていないのに、理解するのに困難を伴う。文としては読みやすい、だけどよく分からない。
十分理解できていないので、内容をざっくり要約することができない。
彼は「強い人工知能」「強いAI」というものを定義している。それは、「脳はディジタル・コンピュータそのものであり、心とはすなわちコンピュータのプログラムそのものである」という見解だ。それを「強い人工知能(AI)」と呼んだ。(28ページ)
そして「このような考え方は、結局、人間の心には本質的に生物的な契機は全くないということを意味している」(同ページ)
もちろん人工知能の研究者の中には「強い人工知能」を志向するのではなく、人間にとって便利な道具を作るという立場の人も少なからずいて、むしろ昨今のAIブームは、そちらの方が多いような印象すら持つが(私の個人的な偏見かもしれないが)、人工知能の究極の目的は「強いAI」だと思う。
その意味で、本書はそのような「強いAI」は原理的に不可能だという立場から議論している(ように読んだのだけど、誤読かもしれない)。というか、哲学書を読むリテラシーが不足しているために自分では簡単に読み解けない。
昨今AIブームなので、「強いAI」とか「弱いAI」とかの用語がよく出てくる。原典はこれだ。いちおう原典にあたってみるのがよろしいかと思ったのだけど、思いの外難物であった。
例えば、「自由意志があるという」こと。一見何の変哲も無い問いではあるが、コンピュータが自由意志を持つことができるのか?そもそも「自由意志」とはどのような概念なのか?そのようなことを論じている。
人間は物質でできているので、その物理法則に従っている(決定論)。一方で自由意志というものを持つ。このような立場は両立論と呼ばれているが、それに対してサールは両立論は自由意志が存在するというわれわれの日常的な理解と整合的な回答を与えることができないという問題を指摘している(136ページ)
自分で言っていても何を言っているのかがよく分からない。
脳みそが汗をかいている感じである。哲学書の読み方を誰かに指南して欲しいと思った。一人で読みこなすのはなかなかしんどい。間違いなく良書なのだが読みこなして理解している感じまでたどり着けていない。