未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

管理ゼロで成果は上がる、倉貫義人著、読了、濫読日記風2019、その3

納品のない受託開発でおなじみのソニックガーデンの倉貫さんの新刊だ。一気に読んだ。

そもそもの問題意識として、判断の難しい現代の仕事において、コントロール型のマネジメントでは上司やマネージャがボトルネックになっている(6ページ)というのがある。

とはいうものの流石に管理をしないで成果を出すことができるのだろうか?という疑問に答えるのが本書だ。

一気に管理なしというところまでは行かないので、段階を踏んで成果を出す働き方を提案している。

  • 生産的に働く(楽に成果をあげるために見直す)
  • 自律的に働く(人を支配しているものをなくす)
  • 独創的に働く(常識や慣習に従うことをやめる)

管理するのは成果を上げるためなのだけど、管理そのものを目的化してはいないか。成果が上がるのならば、何も生産しない管理をなくしてしまえばいいという発想である。なかなかすごい。

人を動かすのは鞭なのかアメなのか。本書で提案していることはそれをさらに先を行く。自分でやりたいことを見つけてやるように環境を整える。自律的に働くようにするために、管理をなくす、階層をなくす、評価をなくす、数字をなくす、組織の壁をなくす、急募をなくす、教育をなくす、制度をなくす、通勤をなくす、ということを実践している。それぞれ題目を聞いただけではピンとこないが、本書を読めば、どれもこれもなるほどなあと思わせる。

自分がいかに常識にとらわれているか、本書を読むとよくわかる。働き方の新しい形として、何度も読み返してみたいと思った。


おすすめだ。

 

乱読日記風 2019

ホモ・デウス、ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳、読了、濫読日記風2019、その2

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来を読んだ。

 同著者のサピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福 も面白かったが、本書も一気読みした。

ホモ・サピエンスの歴史を認知革命、農業革命、科学革命、産業革命までをサピエンス全史が描いていて、その後の未来を本書(ホモ・デウス)が記している。

ホモ・サピエンスは飢餓と疫病と戦争を克服しつつある。長いこと人類をわずらわせたものを克服した時、我はどこに向かうのか?その壮大な問いに本書は答えようとする。最新の生命工学、情報科学などの知見を交え説得力のある議論を展開している。先にネタバレをすれば、人類は不死と幸福と神性の獲得を目指す。それは人類をアップグレードした超人(ホモ・デウス)になる。

ホモ・サピエンスと他の動物との際立った違いは何かといえば、社会性を持っているとか、道具を使うとかあるが、ざっくりいえば、7万年くらい前から始まった認知革命、それに続く農業革命、15世紀頃からの科学革命などである。人類のハードウェアとしての肉体は脆弱で人類より強靭な動物はいくらでもいるが、共同で狩をしたり、武器を使うことによって圧倒的に有利になっている。

劇の第一幕に登場した銃は第三幕で必ず発射されるチェーホフの法則というのがある。1945年に核兵器が登場したにも関わらず、人類はこの誘惑にあらがうことを学んだ。(広島と長崎で使われたが戦略核兵器は使われていない)28ページ。

世界規模の戦争を克服したように見える。

人類は至福と不死を追い求めることで、実は自らを神にアップグレードしようとしている。(59ページ)

農業革命が有神論の宗教を生み出したように、科学革命は人間至上主義の宗教を誕生させ、その中で人間は神に取って代わった。(125ページ)

「現実には客観的なものと主観的なものがある。たいていの人の人はそれ以外に可能性はないと思い込んでいる。(中略)ところが第三の現実のレベルがある。共同主観的レベルだ。(略)たとえば、お金には客観的な価値はない。」(180ページ)

我々が寄って立つ社会制度や様々なルールというのは共同主観的なものだ。お金も法律も政治制度も教育も宗教も自由主義も資本主義も民主主義も科学も工学もみんな共同主観的なものだ。多くの人が信じているので成立しているにすぎない。

21世紀に我々は人間至上主義からデータ至上主義へと移行する。

本書を予言の書として読むこともでき興味深い。詳細は是非お読みいただきたい。(雑な感想でごめんなさい。)

 

 

 

乱読日記風 2019

博士号のとり方、チェックリストをやってみた。

付録にチェックリストがついていたのでやってみた。あくまでも個人的な意見です。

 

以下は付録より引用。

 この設問表は博士課程の学生として、あなたが置かれている状況について考える機会を提供するように設計されている。設問はすべて肯定文であり、すべてに「強く同意する」と回答できることが理想だ。「強く同意する」あるいは「そう思う」と答えられなかった設問は、あなたがこれから改善すべき項目である。まずは一人で設問にすべて答えてみた後、診断結果を仲間と共有して話し合ってみよう。お互いに、良い解決策を見つけることができるかもしれない。
 博士号取得の道のりで、あなたがどの位置にあるのかを診断する。設問に答えながら、別の紙に回答の理由を書く出してみよう。
A強く同意する(Strongly Agree)
Bそう思う(Agree)
Cどちらとも言えない(Undecided)
Dそうは思わない(Disagree)
E強く否定する(Strongly Disagree)

〜〜〜〜〜

■自分の進捗(Progress)
P1私はどんな困難に出くわしても博士号を取得する決意だ。強く同意する。
P2どんな状況でも私は博士課程を終える前に新しい職には就かないつもりだ。強く同意する。
P3私は自分の博士論文が求められている水準について、はっきりと理解している。どちらとも言えない。
P4私は博士論文で、「知の体系に対しオリジナルな貢献」を行う自信がある。そう思う。
P5私には成し遂げるべき研究に対する計画があり、その進捗度を評価することができる。どちらとも言えない、そうは思わない。
P6私は定期的に現実的な締め切りを設け、それを達成している。どちらとも言えない、そうは思わない。
P7私の研究は一つの主張(つまり、Thesis)による貢献を目指している。そう思う。
P8私はライティング能力を高めるために、あらゆる機会を通じて研究を文書にまとめている(レポート、下書き、章立て)。どちらとも言えない、そうは思わない。
P9全体的に博士号取得までの現在の進捗度に満足している。そう思う、どちらとも言えない。
■指導教員からのサポート(Supervisor)
S1私の指導教員は専攻分野における経験と知識が豊富である。強く同意する。
S2私は自分の指導教員が博士号に求められる水準を過大でも過小でもなく正確に理解していると自信を持って言える。強く同意する。
S3私は必要な時に助けを求めることができる指導教員と定期的に会っている。どちらとも言えない。
S4私はフレンドリーで話しかけやすい指導教員から多くの助けを得ている。そう思う、どちらとも言えない。
S5私の指導教員はいつもミーティングの前に自分の研究成果を読んでくれている。どちらとも言えない。
S6私の指導教員は代わりに研究を進めたりはせず、私個人を尊重して研究を進めさせてくれる。そう思う。
S7指導教員との約束の時間にはいつも遅れずに行く。そう思う。
S8指導教員も私との約束の時間はいつも守ってくれる。どちらとも言えない。
S9私は指導教員との連絡を取り持ってくれる研究科の事務員とフレンドリーな、良い関係を保っている。そう思う。
S10全体的に私は指導の質に満足している。そう思う。
■研究科からのサポート(Department)
D1研究科は私の研究に対し十分な人的および財政的な支援(例えば実験室や研究場所、図書館へのアクセス等)をしてくれている。そう思う。
D2研究科は学生が互いにサポートし会える機会を提供し、私はその機会を積極的に利用している。そう思う、どちらとも言えない。
D3研究科は学生にセミナー発表の機会を提供している。どちらとも言えない。
D4研究科は優れた研究者と接する機会を提供し、私はその機会を利用している。どちらとも言えない。
D5研究科は教員との社交の場を提供し、私はその機会を利用している。どちらとも言えない。
D6研究科は学会への参加を奨励し、私はその機会を利用している。どちらとも言えない。
D7研究科は博士課程の本質や私の研究に関連する大学の規約について話し合う機会を提供し、私はそれに出席している。どちらとも言えない。
D8全体的に私は研究科から受けるサポートに満足している。そう思う、どちらとも言えない。

 

集計:

A強く同意する(Strongly Agree)5
Bそう思う(Agree)6 (そう思う、どちらとも言えない) 3
Cどちらとも言えない(Undecided)11 (どちらとも言えない、そうは思わない) 2
Dそうは思わない(Disagree)
E強く否定する(Strongly Disagree)

平均:(5*5+4*6+3.5*3+3*11+2.5*2)/27=3.61

P(自分)=3.61

S(指導教員)=3.85

D(研究科)=3.19


 

 

博士号のとり方、E・M・フィリップス、D・S・ピュー著、角谷快彦訳、読了、濫読日記風2019、その1, #東京大学生物語

研究者の卵である。まだ孵化していない博士課程の1年生だ。博士課程を取得するとはどのようなことか実践的な経験はない(だから学生をやっているわけだ)。

本書はそのとり方についての指南書だ。単なるノウハウ集ではない。体系だったガイドブックだ。博士号取得の根源的な意義から、博士課程の学生になるということを説いている。

自分も昨年6月ごろに博士課程を取得するということについて深い知識もないまま(よくないパターンである)、ふと思い立ち大学院入試の説明を聞き、願書を出し、試験を受け(筆記テストと口頭試験)、今に至っている。

その間、何度か指導教員とお話をして、博士課程の学生としての心得を伺い、徐々に研究とはどのようなプロセスなのかというイメージを固めている。

博士号を取得するというプロジェクトはおそらく自分が思っているよりも多くの困難があり予測もつかないような壁にぶつかると思う。そのくらいの想像力はさすがにある。今までの会社員人生で様々なプロジェクトに関わってきてそこで得たプロジェクトマネジメント的なノウハウもまるっきり無駄ということはないとは思うが、それとはかなり性質が異なるということも想像はできる。

人類未踏の未知の問題を発見し、それが解くべき問題であると認識し、それをどうにか解く、そのような知識もスキルもあるということを論文という形で発表し専門家にそれを認めてもらうというプロセスが博士号を取るというプロセスになる。

知っていることと出来ることには雲泥の差がある。

訓練には長い、時には辛い作業が伴う。

プロジェクトは楽観的に始まり悲観的に終わるということを人生で学んできた。博士号を取るというプロジェクトもおそらくそうなると思う。

様々な困難をあらかじめ知ることがないので、このような蛮勇にチャレンジするのだと自分も思う。60歳の博士課程の学生は何年か後に、「いやーあんなに大変だと始めからわかっていたら、あんなことはしなかったよ、ガハハ」とか何とか言いそうな気もしなくはない。

同時にやってよかったと振り返る自分もいるような気がする。

本書はそのような博士号取得を志す卵に向けてのハンドブックだ。

第4章博士号を取得しない方法というのが本書の白眉だ。博士号取得を目指すものがはまりがちな落とし穴を書いている。博士号を取得しない9つの方法というのがそれだ。

その最初に「博士号を欲しがらない」というのを著者は挙げている。読者は何を言っているんだと思うかもしれない。少なくとも博士号をとりたいから本書を読んでいるのだと思う、しかし本当にそうかと著者は問う。博士号を取得するために「犠牲」になる時間や労力やコストを払ってでも本当にあなたは博士号を取得したいのか、と問う。

昨年6月に博士課程入学を考えた時に、のちに指導教員になる教授のお時間をいただいた。自分の中でも博士課程の学生になるということに対する具体的な確固たるイメージも十分持っていなかった(未だに十分とは言えないが)。平たく言えば安易に考えていたのである。社会人学生としてパートタイムで博士課程に入れないかと伺った。「よしおかさん、ガチでフルタイムで博士課程にいる若い学生さんと同じ土俵でやるんですよ、そんな簡単な話ではありません」というような趣旨のコメントをいただいた(細かいニュアンス、言い方はちょっと違うかもしれないが)

入学試験願書を書き、試験準備をしていくうちに徐々に自分の心づもりが変化していくのを感じた。なるほど自分は他に出来ることをやらないで、他のことを犠牲にしてまで博士課程に行きたいのか?

9月末には定年退職だ。ならば会社を辞めて学生になろう。自分は博士号が欲しい。自分にはまだその能力・スキルが足りていない。学生になってその訓練をしよう。その時決意した。

第4章を読んで、ここに書かれていることは、自分のために書かれていることだと強く思った。

本書は博士号取得を目指している学生向けの本であることは間違いないのだが、それと同時にそのような学生を指導する教員向けの実践的なガイドになっている。学生が陥りやすい落とし穴を記している(第4章)だけではなく、第12章には指導と審査の仕方が詳細に書かれていて、参考になると思う。

付録に学生のための研究進捗度自己診断チェックリストがある。自分に正直になって、すべての項目で「強くそう思う」にチェックをつけたいと思った。

論文100本ノック #東京大学生日記

研究者の卵なので論文をいっぱい読まないといけない。
闇雲に読みまくるとしてもざっくり数量的な目標を持っているといいかもしれないと思い勝手に一人で100本ノックをすることにした。
読んだ論文を紹介するという趣旨の輪講という授業があって、その順番が先日回ってきた。準備をどのようにするか、何の論文を読むか、どのようにまとめるか皆目見当がつかない。
そんなこんなで昨年末ごろから論文を集めて目を通すことにした。今日はそのお話。
紹介する論文は大学院の入試の時に調べた論文を中心に調査することにした。

論文の検索は大学の論文検索システムやGoogle Scholarを使う。
https://scholar.google.co.jp

図書の検索はOPACやカーリルを使う。
https://calil.jp

ある分野を網羅的に俯瞰したい場合は定番の教科書を読むのが一番なのだけどその分野の初学者だとそもそもどれが定番の教科書なのかわからないということがあったり、まるっきり新しい分野だと定番の教科書が存在していない可能性がある。その場合はその分野の専門家に聞けばいい。大学はその分野の専門家がいるので(それを仕事にしているので)、オススメの教科書などを聞いちゃったりする。

コンピュータサイエンスの分野であれば重要な論文は全てオンラインで検索可能なのでGoogle Scholarでざっと関連分野を調べて深掘りしていく。いわゆる人文科学、社会科学系の先行調査はどうやっているのだろうか。図書館を利用するという意味では最初のとっかかりはそれほど違わないのだろうか。

研究者の卵(まだ孵化していない)とはいうもののコンピュータアーキテクチャの定番の教科書は「Computer Architecture, Sixth Edition: A Quantitative Approach (The Morgan Kaufmann Series in Computer Architecture and Design)」というようなことは知っている。第1版の頃からの愛読書だ。

先日ACMIEEE Computer Societyの学生会員にもなったのでそれぞれのDigital Libraryにもアクセスできる。*1

例えば下記の論文を検索してみる。
https://scholar.google.co.jp/scholar?hl=en&as_sdt=0%2C5&q=Staring+into+the+Abyss%3A+An+Evaluation+of+Concurrency+Control+with+One+Thousand+Cores&btnG=

2014年の頃の論文だ。クリックするとACM Digital Libraryにアクセスできる。(会員じゃないとアクセスできないかもしれないけど。)

論文の書誌情報、概要、引用文献(References)、被引用(Cited By)がわかるほかアクセス権があれば全文(PDF)をダウンロードできる。ここまで一切図書館とか行かないでネットだけでできる。自宅からでもスタバからでも大学の図書館からでも、世界中ネットさえあればどこからでもできる。

引用文献もACM関連の論文であればリンクが貼ってあるのでクリックするだけだ。例としてあげた論文は44件の論文を引用していたが、そのうち33件はそのままリンクを辿れば引用文献にたどり着く。その他の引用文献は自分でタイトルをコピペしてGoogle Scholarに突っ込めば検索できる。書籍からの引用に関してはそれにあたる必要はある。

小一時間もクリックしているだけで最初の論文が引用していた論文の8割程度は収集できる。

さらにこの論文を引用している論文も検索できる。この論文を引用しているわけだから、当該論文以降に発表された研究になる(当たり前だけど)。その後の研究動向の流れを理解することができる。

当該論文が重要な論文であれば、多くの論文に引用されて、豊かな水脈を形作るので、被引用数というのは論文の価値をはかる上で重要なファクターになる。インパクトファクターとも呼ばれる。

この論文では43件表示されていてその全てがクリック可能になっている。Google Scholarでは112件と出ている。

この論文を引用している論文のタイトル、概要などを見て興味深いものについては同様にアクセスして収集する。

例えば40本の論文がクリックするだけで収集できるのだけど、自分が学生の頃であれば、図書館にこもって当該論文が掲載されている論文誌を見つけてコピーをとってという作業を延々と繰り返す必要があって、1週間くらいは平気でかかる。被引用論文の場合はさらに手間がかかってCitation Indexという辞書みたいな論文の被引用索引を手繰っていく。重要な論文誌に掲載されていない論文だとCitation Indexに掲載されていないので、そのような論文は発見できないので、論文調査の抜け漏れが発生する。

論文収集の時間的コストは1週間から1〜2時間に劇的に短縮された。すごい。

それはそれですごいのだけど、論文を読む速度とそれを理解する速度はほとんと変化がないので(下手をすると遅くなっている部分もあるかもしれない)、その集めた論文を4週間くらいかけて読むことになる。

論文を読んでいるうちにさらに関連論文に手を出して言って集めるだけはどんどん集まっていく。

そんなこんなの収集フェーズがこの1月である。

その膨大な論文の山の中から輪講で紹介する論文を決めて資料を作成する。

パワポと論文(8ページ)を作ることになる。発表の1週間前にパワポを研究室の人に見てもらってコメントをもらう。

まとめ方も方向もいいのか悪いのかわからないし、どのようなプロセスでそれをやるのか研究科の流儀もわからないので、どのくらいの手間暇、時間がかかるか見積もりができない。いたずらに時間ばっかりがかかる。会社の仕事ならばだいたいこのくらいの時間でこのくらいのことができるかなあというざっくりの見積もりができるけど最初の作業なのでしょうがない。

調査論文はLaTexで作る。MacLaTex環境をインストールした。雛形は研究室の修士の学生さんからもらった。

引用論文はBibTex形式なのだが、当初論文を収集していた時にBibTexも集めていなかったということに1週間くらい前に気がつく。というかTexで論文書かなきゃその必要性もわからない。

ACM Digital LibraryのページにはちゃんとBibTexをダウンロードするボタンがついているのでそれをクリックするだけである。Google Scholarでも同様に書誌情報をゲットできる。

論文数が100本くらいであれば、論文管理ツールなどを使わなくてもどうにかできるがこれからはそれの利用が必要になってくる。学生さんに聞いたところ、エクセルで管理していますとか、Scrapboxですとか色々とあるみたいだ。先日RefWorksというのを教えてもらったのでちょっと試してみたい。

あれやこれやでこの一月で257本ほど論文など、BibTexは75個ほどゲットした。毎日毎日理解できてもできなくても少しづつ論文(博士論文も含めて)を読んでいく。

最低でも月に100本は論文を読む。論文100本ノックである。

*1:日本の学会には(まだ)所属していない。

はてなダイアリーからはてなブログへ移行しました

長らく利用していたはてなダイアリーからはてなブログへ移行しました。それに伴い、ブログのURLも変更になっています。昔の日記からは自動的にこちらにリダイレクトされるような設定になっているようです。

それではこちらでもご愛顧お願いします。(気持ち的にははてなダイアリーのままなので、日記のつもりで書いています)