未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

ルポMOOC革命、金成隆一著。読了

ルポ MOOC革命――無料オンライン授業の衝撃を読んだ。

大規模公開オンライン講座 MOOC - Massive Open Online Courses ムーク についてまとめた良書だ。朝日新聞社の記者が独自取材を重ねた記事をもとに構成されている。

MOOCとは何か、なぜ重要なのか、どのようなインパクトを教育に与えるのか、そして社会をどのように変えるのか、そのような疑問に答えようとしている。

MOOCは米国の有名大学から2012年頃から始まった。インターネットに大学の講義を無料で公開し、所定の成績を収めれば修了証も発行するという仕組みだ。2001年ころからMITなどで行われているウェブによるオープンエデュケーションとどのように違うのか、違わないのか。

教育機会を広げるオープンエデュケーションについて独自の取材に基づいて構成している。

  • MOOC誕生/大歓迎する利用者
  • MOOCを提供するシリコンバレー企業
  • MOOCを提供する大学
  • 利用する教育機関
  • 教育の形を変えた男 サルマン・カーン
  • 教室をひっくり返せ 自宅だ講義、教室で宿題
  • どうする日本の大学
  • 日本のオープンエデュケーション
  • グーグルのムーク参戦、2014年へ

シリコンバレー企業

MOOCの利用者(サンフランシスコや東京、そしてモンゴル)へインタビューして、その熱気を伝える。

提供する側、シリコンバレーベンチャー企業、Udacity(ユダシティ)とCoursera(コーセラ)の関係者にもインタビューしている。

MOOCの特徴は良質な講座を無料で提供している点だ。このビジネスは持続可能なのだろうかという著者の問いに対し、ユダシティ創立者のスラン氏は既に持続可能だという。その一つが人材紹介業だ。優良な講座を無料で提供しているので、世界中から優秀な学生が集まってくる。就職希望の学生と人材を求めている企業とのマッチングがビジネスになるという。

コーセラも同様のサービスをはじめている。500万人いる受講生のなかから企業への情報提供を許可している学生の、例えば学習履歴などを企業に提供するサービスをはじめている。

企業ニーズを反映した講座というのは「職業訓練校」みたいだという著者の指摘に対し、スラン氏は「高等教育は壊れている。現代社会の変化は早い。人は在学中だけでなく、卒業後も学び続けないといけない。だから、どこから、いつでも学べる環境が必要だ。大学は社会のニーズに応えていない」

コーセラの創業者コラー氏が言うもう一つのビジネスが有料の修了証だ。講義を受けるのは無料だが、高度な認証を受けると修了証を有償で発行してもらえる。その修了証を履歴書などに添付することも可能だ。高度の認証というのは、なりすましを防ぐために、1)タイピングのパターンを登録する、2)顔写真を登録する、3)運転免許証など公的機関が発行する証明書の写しの提出、4)生年月日など個人情報の登録、5)クレジットカード情報など。

大学

MITとハーバードが2012年5月に設立したのがedX (エデックス)だ。
電子回路を受講した学生のプロフィールが公開されている。受講生は約15万5千人、そのうち修了したのが、約7100人。満点をとったのが340名、その中にはモンゴルの15歳の少年も含まれる。受講生は194カ国から集まった。
大学にとっての大きな利益は、ムークによって、今まで発見できなかった優秀な学生を発見、勧誘する機会を得た事である。

MITは2001年からオープンコースウェア(OCW)を無料で公開している。本来はそれをビジネスにするつもりでコンサル会社に依頼してビジネスモデルを検討したところ、5年で黒字になるが収益は大して伸びないというものだった。そこで苦肉の策としてビジネスは諦め無料で公開する事にしたという。当初は教授陣からの反発や反対もあったらしい。

OCWの名物教授のルーウィン教授(物理学)は「もし君が物理嫌いの学生でも、それは君のせいじゃない。運悪く腕の悪い先生にあたっちまっただけだ。わたしが君を物理大好き人間にしてみせる。君たち全員だ。人生が変わる事請け合いだ」

カーンアカデミー

一人の男が教育のあり方を変えた。

2006年ころYouTubeに10分程度の算数の講義を従姉向けに作ったのが始めだ。それ以来数千に及ぶ授業をYouTubeにアップし続けている。

従来の学校では変えていいものと固定するものが逆になっている。今は学習時間が固定で、理解度が変数になっている。例えば、二次方程式をXコマで教える(固定)、理解度はバラバラだ。それを逆にする。理解できるまで何時間でもかける。教える時間が変数で、理解度を固定する。生徒によって理解するまでの時間がバラバラなのは当たり前という発想である。

生涯学び続ける時代になってきて、シリコンバレーの経営者がもっとも従業員に期待するスキルは「新しいスキルを自分で身につける能力」だという。

日本の大学

ムークによって世界の優秀な学生の獲得競争が始まった。東大は日本では最も優秀な学生が集まるところではあるが世界での存在感は薄い。グローバルコミュニケーションの時代に日本は乗り遅れた。グローバルコミュニケーションの基盤は英語である。国内だけで日本語でやりましょうといってもなかなかこれは通用しない。

日本のオープンエデュケーション

manavee マナビーは大学受験応援サイトだ。無料で様々な受験勉強ができる。
eboard イーボードは小中学生向け勉強サイトだ。算数が不得意だった小学生が算数好きになったりした。
schoo スクー。学校を卒業しても学び続けられる終わらない学校を目指してスクーと名付けた。
小中学生向けオンライン講座「さかぽん先生.tv」

課題や今後

著者は確かそうなこととして次の点をあげている
1)良質な教材のウェブ公開は今後も続く
2)学校教育が変わる
3)先生の役割が変わる
4)学びの自発性が重要になる
重要だが予測できない事
5)ビジネスモデルは確立できるのか
6)最終学歴の意味は薄れるのか
7)高等教育の英語化は加速するのか

感想

駆け足で本書を紹介した。熱い。

読む前は、どーせ新聞記者が書いたバズワード満載の新書みたいなものだろうと高をくくっていた。上から目線で斜めに読もうとした。

第1章を読んで、その印象がぶっ飛んだ。いい意味で裏切られた。サンフランシスコでのmeetup (学習会)に乗り込んでインタビューをしている。受講生の一人一人の物語を聞く。そこには学びたい人がいる、そして仲間がいる。ムークによって生まれている何かがある。それを予感させる。

後は一気呵成だ。

ムークを作る人たちも熱い。世界最高峰の授業を今まで受講できなかった人たちに無料で公開する。そんなことがありうるのか。それをどのように行うのか。

インターネットによって高等教育を受けたくても受けられなかった人たちが貪欲に学び始めている。

MITの電子回路の授業の受講生を分析したデータがすごい。15万人を超える受講生というのも凄いが、7000名の合格者、194カ国からの受講生というのも凄い。それを米国の大学が集客している。

この規模感は従来の大学と言う枠組みで理解するのは難しい。活版印刷が発明されたようなインパクトを大学と言う仕組みに与える予感がする。

学校教育はインターネットの教材を得た事で変わらざるをえない。勉強が嫌いになる子が出るのは今の教育方法が悪いからだという主張にはかなりの説得力がある。


「もし君が物理嫌いの学生でも、それは君のせいじゃない。運悪く腕の悪い先生にあたっちまっただけだ。わたしが君を物理大好き人間にしてみせる。君たち全員だ。人生が変わる事請け合いだ」

初等教育が大学受験のためだけにあるとしたらそれは不幸だ。学ぶ事の楽しさ素晴らしさをわたしたちは伝えないといけない。

日本のオープンエデュケーションも熱い。学びたくても田舎で予備校がなくて予備校に物理的に行けない地域の生徒がマナビーを使って勉強をする。自主的に勉強する姿が素敵だ。そして大学生になったマナビーのOB/OGがボランティアとして教える側に回るというのもすごい。

教員の役割が、固定的な知識を教えるという立場から、生徒が自主的に学ぶことを支援するファシリテーター的な役割に変化せざるを得ないだろう。先生ですら正解がわからない時代なのだ。一緒に考える方法を模索する。

「最終学歴」の意味も変わる事になるのか。たまたまブランド校を出た(最終学歴が高い)人と、自ら意思を持って学び続けている人と、企業にとってどちらがより高い価値を持つのか持たないのか。「最終学歴」対「最新学習履歴」

世界ではムークという学びの革命が起こっている。日本においてはそのインパクトがまだ十分には知られていない。多くの人にとって関心のないことなのかもしれない。未来はそこにあるのに。

日本と言う恵まれた地域にたまたま生まれて育ったおかげで、学びに対する飢餓感が自分も含め薄いのかもしれない。世界では高等教育を受けたくても受けられない人がいっぱいいる。その人たちがこのムークと言う武器を手にした時とてつもないことが起こる予感がする。

日本人が勤勉で優秀だというのは、たまたま明治以降、優れた教育システムと社会制度がそれにあっていたに過ぎない。教育システムにとんでもないパラダイムチェンジが起こって、その優位性が崩れるとしたら、日本人の優秀さというのは、今後も維持できるのだろうか。多分、難しい。

われわれは学び方を学び直さないといけない。

学びの一断面を考えるきっかけになった良書だ。記者が足で取材したスタイルが素晴らしいと思った。お勧めしたい。