未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

かつてオープンソースが当たり前じゃないころがあった

先日文明塾の修了生のみなさまとお話したときのこと(コミュニティとしての大学 - 未来のいつか/hyoshiokの日記参照)。ハッカー文化とかオープンソースのことをあれやこれやお話したのだけど、その中で現役の学生さんから「ゼミでIT係を担ってからよくソースコードを何気なく閲覧してしいました。しかし、自由にソースコードが見れる環境が衝撃的で素晴らしいことであることに吉岡さんのお話を聞いて学ばせていただきました。」という感想をいただいた。

そうだ。すっかり忘れていた。オープンソースが当たり前じゃない時代があった。とてつもない衝撃を受けた自分がいたことをすっかり忘れていた。

1998年1月。Netscapeが自社のブラウザのソースコードを公開するということを発表した。当時のシリコンバレー日記にそのことを書いている。http://web.archive.org/web/19990423102903/http://www.best.com/~yoshioka/d/98/i980122.html

本日もっとも驚いたニュースが Netscape がその主力製品である,ネットスケープコミュニケーター のソースコードを無料で提供するというものである.

当時のNetscapeのプレスリリースだ。

NETSCAPE ANNOUNCES PLANS TO MAKE NEXT-GENERATION COMMUNICATOR SOURCE CODE AVAILABLE FREE ON THE NET

BOLD MOVE TO HARNESS CREATIVE POWER OF THOUSANDS OF INTERNET DEVELOPERS; COMPANY MAKES NETSCAPE NAVIGATOR AND COMMUNICATOR 4.0 IMMEDIATELY FREE FOR ALL USERS, SEEDING MARKET FOR ENTERPRISE AND NETCENTER BUSINESSES
http://web.archive.org/web/19990418045224/http://home.netscape.com/newsref/pr/newsrelease558.html

ソースコードを無償公開(?)。え、意味が分からない。どーゆーことだ。その次の段落でNetscape NavigatorとCommunicator 4.0を無償公開すると書いてあるので、ソースコードの部分は何かの間違いだと思った。

MOUNTAIN VIEW, Calif. (January 22, 1998) -- Netscape Communications Corporation (NASDAQ: NSCP) today announced bold plans to make the source code for the next generation of its highly popular Netscape Communicator client software available for free licensing on the Internet. The company plans to post the source code beginning with the first Netscape Communicator 5.0 developer release, expected by the end of the first quarter of 1998. This aggressive move will enable Netscape to harness the creative power of thousands of programmers on the Internet by incorporating their best enhancements into future versions of Netscape's software. This strategy is designed to accelerate development and free distribution by Netscape of future high-quality versions of Netscape Communicator to business customers and individuals, further seeding the market for Netscape's enterprise solutions and Netcenter business.

In addition, the company is making its currently available Netscape Navigator and Communicator Standard Edition 4.0 software products immediately free for all users. With this action, Netscape makes it easier than ever for individuals at home, at school or at work to choose the world's most popular Internet client software as their preferred interface to the Internet.

しかし、プレスリリースをちゃんとよく読んでみると、確かにソースコードを公開するという風に書いてあって、さらによく読んでみると「無償公開」というよりも「自由なライセンス(free licensing)」で公開すると書いてある。当時、わたしは「自由なライセンス」というのをよく理解していなかったので、この区別をちゃんとしていなかったのであるが、ともかく、ソースコードが自由に読めるようになるらしいということはわかった。

いま、振り返ってみてもこのNetscapeの決断はクレージーだ。自社の基幹製品を無償提供するだけならまだしも(それだけでも十分クレージーな決断だけども)、その技術の根幹、企業秘密の固まりをなんでわざわざ公開するのか。意味が分からない。

当時、Oracleというソフトウェア製品を売る会社に在籍していたので、ソフトウェア製品ビジネスのイロハくらいは理解しているつもりだった。そしてソースコードの重要性についても理解しているつもりだった。このNetscapeの行動はまったく理解できないものだった。

巨大な隕石が突然降って来たようなものである。

Netscape plans to make Netscape Communicator 5.0 source code available for modification and redistribution beginning later this quarter with the first developer release of the product. The company will handle free source distribution with a license which allows source code modification and redistribution and provides for free availability of source code versions, building on the heritage of the GNU Public License (GPL), familiar to developers on the Net.

"source code available for modification and redistribution" 変更、再配布可能なソースコードを提供するとか、"the heritage of the GNU Public License (GPL)" GNU GPL的なライセンスで配布するとかいうことが書いてある。

この突然の隕石にわたしはとってもわくわくしたことを覚えている。破壊的なイノベーションがまさに今起こっていることを実感した。

同年3月31日にソースコードが公開され、当日、自宅からモデムでソースコードをダウンロードしたことをよく覚えている。

昼間は会社でRDBMSカーネルを開発し、夜は自宅でNetscapeソースコードをいじっていた。そのことをモジラの解剖というウェブページで日々紹介していた。

もちろん、GNUプロジェクトやLinuxについて知識はあったし、日頃はemacsなども使っていたので、フリーソフトウェアをまったく知らない訳ではなかった。しかし、GNU GPLなどは、ごく一部のハッカーがほそぼそと開発しているもので、広く一般に利用されるようになるとは思っていなかった。

Linuxも貧乏人のUnixというイメージで、SunOSなどから比べればスケーラビリティーも信頼性もないし、個人で遊びで使う分にはいいけど、仕事で使うなんていうのは、何かの冗談だろう、頭がおかしいじゃないか、と思っていた。

Eric RaymondがThe Cathedral and the Bazaarというエッセーを出して、その日本語訳をThe Cathedral and the Bazaar伽藍とバザール山形浩生訳)で読んでいたりしたのだが、Netscapeのお偉方が、そのエッセーに影響を受けてソースコードの公開に踏み切ったというような話を聞いても、まったくピンとこなかった。

結果として、Netscapeソースコードの公開以前、公開以後で、企業にとってのオープンソースの意味がまったく変わったといっても過言ではない。というか、このソースコードの公開の本質的な意義を広く知らしめるというマーケティング活動の一環として「オープンソースソフトウェア」という名称が発明された。

オープンソースは日本でも広く知られるようになったし、すでにコモディティー化したといっても過言ではない。とは言うものの、エンタープライズ系の現場では、いまだに十分理解されていない部分もあるし、特にライセンス周りのこととか、バザールモデルの本質的な意味とかについては誤解や無理解も散見される。

情報は公開すると進化する。これを実証したのがLinuxなどのオープンソースだ。インターネットの破壊性は、情報公開を極限まで推し進めるとどうなるかということを表している。

日本に於いてハッカー文化というのが十分理解されているとはあまり思えないので機会をみつけては、そのような与太話をするのだが、自分の中ではオープンソースが当たり前ということを無意識のうちに思っていたのではないかと、改めて気がつかされた。

オープンソースは当たり前ではなかった。そして今でもそれが十分理解されているとは言いがたい。文明塾のみなさんとお話をして、そんなことに改めて気がついた。

自分にとっては、一つの収穫である。そのような機会をいただきありがとうございました。