プログラマ35歳定年(停年)説とエンジニアの未来サミット
プログラマ35歳定年(停年)説。わたしにその話をふっちゃいけないよというお話
そんでもって35歳停年説にもどるのだが、わたしがシリコンバレーに行ったのは36歳で、コードを書きまくったのが30代後半だった。未踏ソフトウェアは 44歳、Cache Pollution Aware Patchは46歳、取締役退任。生涯一プログラマ宣言は49歳。そしてこの9月4日で50歳だ。
http://blog.miraclelinux.com/yume/2008/09/35-6ad9.html
ITといってもいろいろあって、下記の立場についてはおさえておきたい。
例えば、ITについても、(1)OSとかコンパイラとかRDBMSとかいわゆる基盤系技術、(2)エンタープライズ系(企業の情報システムとか)、(3)ミッションクリティカル系(勘定系、社会基盤系(電力送電網)とか)、(4)Webサービス系(Web2.0?)、(5)組込系(いろいろ)、などなど種々雑多ある。
またビジネス形態としても、(a)ソフトウェア製品開発、販売、(b)SI(受託開発)、(c)コンサルティング、(d)運用サービス、サポート、(e)Webサービス(Web2.0?)等々これまたいろいろある。
http://blog.miraclelinux.com/yume/2008/09/35-6ad9.html
というのは下記のイベントに参加するので、立場の整理というかポジションペーパみたいなもの。
エンジニアの未来サミット
http://gihyo.jp/news/report/01/engineer
http://gihyo.jp/event/2008/engineer
パネリストとして参加します。