未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

デブサミで『ハッカー中心の企業文化を日本で根付かせる』という講演をしてきた

ハッカー中心の企業文化ってなんだなんだ。一体何について話をするんだ。という疑問は自分でも持っていた。ずいぶん大げさなタイトルにしてしまった。後の祭り。発表のずいぶん前からあれやこれや悩んでいたのあるが、今ひとつ構想がまとまらなかった。

その悩みに一つのヒントをくれたのがケンオルセンが亡くなったというニュースだった。自分が新卒として入社したDECという会社はどのような会社だったのか。そして、その会社が自分のエンジニアとしてのキャリアにどのような影響を与えたのか、与えなかったのか、それを軸に自己紹介をしつつ、自分の考えるハッカーセントリックな企業文化とは何かを話してみようと言う風に思い至った。*1

デブサミは2月17日、18日と2日間目黒雅叙園で開催される。わたしのセッションは18日の朝一である。

ハッカーセントリック(Hacker Centric)というフレーズはポールグレアムのエッセイ「Yahooで起こったこと」からヒントをもらっている。ハッシュタグも Hacker Centric Culture Japan で #hccjp という風に決めた。そこまで決めたのであるが、その先の発表のイメージが固まらなかった。*2

DECのエンジニアリング文化を紹介しようと思ったのは、ケンオルセンがなくなり、DECという会社はどのような会社だったかというようなことを日記に書いたところから来ている。それのブックマークで「洗脳するマネジメント」を紹介され、早速読んでみた。そして、「洗脳するマネジメント」という著作が民族誌の方法論で記されていることを知り、今回の講演の前半は、その民族誌(ethnography)のアプローチがおもしろいのではないかと考えたのである。

実際のところ、ハッカー文化と言っても、自分も含め多くの人は、伝聞で知る以外の方法はなく、MITの60年代、あるいは70年代にそこにいたわけではないので、想像はできたとしても、未開の地のお話とほとんど違いはない。現代のフォークロアでもある。

であるならば、自分の経験した、見聞きした文化について、主観を交え紹介することは、あながち意味がないことではない、むしろ、そのようなことを積極的に行って、その文化的な価値について明示的に表現し議論することは、自分たちの目指していることを明確化するためにも意義があるのではないかというように思ったのである。

発表原稿の締切りは2月10日だった。その時点では発表資料はまったく出来ていなかった。一応、当日持ち込みということで勘弁してもらったのであるが、上記のような構想が見えてきたのが、2月13日ころである。

「超マシン誕生」も「闘うプログラマ」も、ハイテク企業の民族誌として文学の領域まで高めた作品である。そこにはテクノロジーに翻弄される人間が生々しく描かれている。

自分もハイテク産業にいるものとして、いつかはそのような民族誌に登場してみたいとかねてより思っていた。

「洗脳するマネジメント」はTechという架空のハイテク企業の民族誌という形態をとっているが、それはもちろんDECをモデルにしている。おそらく、なんらかの機密保持契約などの関係で、DECという実名を使えなかったのであろう。

クリスマスの時に会社が七面鳥を配るというエピソードがある。それを読んで思い出した。わたしは、1989年10月末から一年、米国ニューハンプシャー州ナシュアにあるソフトウェア開発部隊に出向していた。クリスマスシーズンに七面鳥をもらった。調理法は、社内の掲示板(VAX Notes)で調べた。アパートのオーブンで半日かけて調理した、妻と二人では到底食べきらないので、日本から来ていた会社の同僚に手伝ってもらって平らげたのであるが、いかにも米国風であった。

だからどーだという話ではないのだが、その文化に暮らす人々にとっては当たり前の事でも、外から来たものにとっては新鮮な驚きがある。そして、当たり前と思っていることをひたすら記述するということは、文化の中にいるものにとっては冗長で退屈であるが、部外者に取っては奇妙かもしれないが、相互理解をするためには必要なことかと思う。

「洗脳するマネジメント」ではDECの企業文化をかなりネガティブにとらえている。企業文化そのものをネガティブにとらえていると言ってもいい。それはイデオロギーを浸透させるためのツールとしての役割を持っているとしている。

もちろん、そのような側面を持っていることは否定しない。

しかし、どんなイデオロギーであれ、それを信じる人がいない限りいかなる組織も存在し得ない。単なる金儲けというイデオロギーだけでは少なくとも小難しいエンジニア達を集めることは難しい。ましてやエンジニアを搾取して金儲けを続けるということはハイテク企業では不可能である。

シリコンバレーはオタクを搾取しない場所だ。

それはともかく「ハッカー中心の企業文化を日本に根付かせる」のドラフトは全然進んでいなかった。デブサミ初日、いささか憂鬱に目黒雅叙園に行った。前日、痛飲し、二日酔いの出来れば逃げ出したい面持ちだったのであるが、逃げるわけにはいかない。本当は前日に仕上げようと思っていたのだが案の定へべれけになるまで飲んでやるわけはない、しかも二日酔いで頭は痛いは気持ち悪いはで、テンションは異常に低かった。発表資料できていないし。

@papandaに、明日の資料出来ていないっすよ、と泣きついたのであるが軽くスルーされた。午後一に会議があるので、ちょっと会社に戻らないといけないんすよ、と再度同情を引こうと試みたのであるが、「大変ですね(棒読み)」とつれない。

渾身会は参加しますかと聞かれたのであるが、心に余裕がなく、今日はちょっと、とお茶を濁す。いや、財布にも余裕がなかったのである。

藁にもすがるつもりでドラフトを@papandaにメールした。

会社に戻り、午後一の会議を終え、そそくさとデブサミ会場に戻り、コミュニティLTの司会などをする。皆様そつがなく、素晴らしい発表だった。よしおかさんテンション低いっすね〜と言われるが、いやー、二日酔いで。*3

さっそく、@papandaから返信があった。「よしおかさんにとってのハッカーってなんですか」

それだ。ハッカーってなんだろうか。スティーブン・レビーの定義を引いてはいるが、自分にとってのハッカーってのは何なんだろうか。ハッカーになりたいと言うときのハッカーってのは何をさしているのだろうか?

そして、それが明確に表現できないかぎり、このプレゼンに意味はない。

@kawagutiにも助けてメールを出した。多分みなさん今頃渾身会でへべれけなんだろうなあ。

でもって、@kawagutiからの返事が来た。やっぱり、ハッカーってなんだろうか、というところが弱い。そこを口頭で補足してほしいとのこと。

資料作成には煮詰まってきたので、とっとと寝ることにした。発表で一番いけないのは寝不足である。スマイルとスリープが成功の秘訣だ。煮詰まったらくよくよ考えずに寝るに限る。

発表資料をあれやこれやいじるのはやめにして、資料はあくまで話のきっかけ。

ハッカーというのはコンピュータ技術に精通した人という辞書的な定義ではなく、自分にとってのハッカーというのはなんだろうか。それを考えた。

結局、自分にとってのハッカーというのは、何かをした人だ。結果を残した人、やった人、inputではなくoutput。評論家ではなく実践者。行動するエンジニアだ、それによって社会を変えた人だ。そうだ、自分は行動するエンジニアになりたかったんだ。

そしてここでこの話をするのは、そのような人が一人でも多くこの日本という地域で出てくれば、この日本が変わるという風に信じているからだ。ハッカーになれなくても、そのような価値観をいいなと思う人が少しでも増えて、ちょっとした応援をしてくれる、そーゆー社会を作りたい。そのために、ここで話すのだ。というようなことを思った。

発表資料のファイル名に_finalとつけ、一切いじらないことにした。今日の準備は、スライドに書いてあることじゃなくて、書いてないことが重要で、スライドをいじることに時間を使うのではなく、メッセージを先鋭化することに集中することにした。

当日参加していただいたみなさんありがとう。

自分に取って、「ハッカー中心の企業文化を日本に根付かせる」旅は始まったばかりです。何年かかるかわかりませんが、そして簡単ではないかもしれませんが、一緒に行動していただければ幸いです。


参考資料

下記はhttp://togetter.com/li/102454 からの引用。

おまけ:この原稿を書くためにいろいろ検索していたら下記の資料を発見した、すっかり忘れていた。 http://www.slideshare.net/hyoshiok/hackercentric-culture

*1:DECの件について(1)「昔DECという会社があった。エンジニアとして必要な事はDECで学んだ。」http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20110212#p1 DECの件について(2)「なぜDECは市場から撤退しなければならなかったのか。」http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20110217#p1

*2:[翻訳][ポール・グレアム]ポール・グレアム「Yahooに起きてしまったこと」 http://d.hatena.ne.jp/lionfan/20100815#1281830975

*3:一番のサプライズは中学生の矢倉さんの発表だ。サプライズゲストである。このサプライズというのは何かと言うと司会のわたしが一番サプライズするという意味だ。わたしは、セキュリティ&プログラミングキャンプという経産省の外郭団体(独立行政法人)のIPAが主催している、若者向けキャンプのプログラミング部門の主査をしていて、2010年も4泊5日の合宿をやって、矢倉さんはその参加者だ。でもって、このキャンプは事業仕分けの影響で来年度開催されるかどうか不透明な状況で、関係者一同気を揉んでいる。まあ、わたしたちに出きることは、キャンプの意義を回りに伝えて、その価値観を継承することだと思うのだけど、参加者である矢倉さんは、中学3年生であるにも関わらず、キャンプの楽しさ素晴らしさを堂々と直球勝負で発表していた。その発表にはチカラがあった。人を動かすチカラがあった。素晴らしいものだった。関係者の一人として彼のようなハッカを発見出来たことに喜びを感じた。目から汗が出てきた。