未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

たかが英語!を読んだ。

三木谷浩史、たかが英語!を読んだ。楽天の英語公用語化を紹介した本である。

http://books.rakuten.co.jp/rb/11693605/

なお、わたしの所属企業は楽天であるが、ここでの意見は、もちろんわたしの個人的なもので、楽天としての見解でもなんでもない。もちろん、所属している組織のことを論じるので、視点が一面的であり、主観的である可能性は否定しない。

2年前、楽天が社内公用語を英語化すると発表したとき以来、マスメディアを含め、多数に面白おかしく取り上げられた。曰く、カフェテリアのメニューが英語化してわけがわからなくなった、日本人が片言の英語を話すので効率が落ちた、重要なので日本語で失礼しますというらしい、等々。

社外の友人と飲む時の最初の話題も、本当に英語化するのかとか、実際はどうなのよとか、散々聞かれた。今でも初対面の人にも聞かれる。飲み会で、友人に、面と向かってばっかじゃないのと言われたこともある。

別に、日本文化を捨てて米国に身も心も捧げるというわけでもないのに、そんなに英語がいいのだったら、日本を出て行けばとか言う人もいた。

社内公用語の英語化という取り組みというだけで、これだけエキセントリックな反応を得るということはとりもなおさず日本人の英語コンプレックスの現れである。楽天と英語というお題でネットで話をするとかなりの確率で炎上するという経験則も得た。

本書は、世間でそのように言われている、楽天の社内公用語の英語化について、最高経営責任者である三木谷浩史が自ら語った本である。当事者がその狙い、意義、そして2年間の軌跡を赤裸々に綴ったものである。

国家レベルであれ、企業レベルであれ、これまで英語公用語論が出てくるたびに、くり返された議論が、今回もくり返された。いわく、日本人同士が英語で会話する意味があるのか、英語ができなければ通訳を雇えばいいではないか、英語の必要な一部の人間だけ英語を使えればじゅうぶん、なにも全社員が英語を使える必要はない。たとえある程度英語を使えるようになったとしても、英語を母語にする人たちとビジネスでまともに闘えるのか、英語に堪能なやつが仕事もできるとはかぎらないのではないか、むしろ英語ができる奴ほど仕事ができないのではないか、云々。3ページ

そして、そのような声、疑問に対する回答が本書にある。

英語化に対する賛否両論はいろいろある。しかし、僕らは「論」はともかく、とにかくやってみた。思い通りにいかず、軌道修正したこともある。その意味で、「たかが英語」だが、一方で、「されど英語」でもある。苦労したし、実際には試行錯誤を重ねることではじめてわかったことがたくさんある。そのすべてを本書でお伝えしよう。

わたしは、2009年8月に楽天に転職したのだが、その時はもちろん英語化の「エ」の時もなかった。TOEICを受けたこともなかった。外資系に勤めていた関係もあって、英語が得意だとは言わないが、強い苦手意識は持っていなかった。

2010年の朝会で社長が初めて英語でスピーチしたとき、周りがざわざわしていたのを覚えている。「えーーー、全然わからないよ」という声が聞こえたのを覚えている。自分は相当集中していたのと、社長が意識してゆっくりと明確にしゃべったこともあって、どうにかこうにか理解したが、そうでない人も多数いたことは事実である。

朝会というのは、全社員が週に一回集まって、会社の様々な情報を共有する会議である。2009年8月に中途入社した、初日。8月3日。数千人の社員が一同に介して朝会を行っているのを体験したのだが、この規模の会社で毎週全員で情報共有するというスタイルに圧倒された。事業部の数字から何からありとあらゆることを全員で共有する。そしてそれが楽天の強みでありDNAであることを強烈に体感した。大きな企業であれば、社長の言葉を聞くのは、それこそ年頭の所感くらいなもので、一年に一回あるかないかである。それが楽天では毎週一回必ずある。社長のメッセージを聞く頻度は、通常の大手企業の50倍はある。そしてそれが事業のスピードを生み、俊敏性の高い経営になる。50人程度のベンチャーであれば、それも可能だろう。楽天はそれを数千人規模で毎週行っている。

全世界で情報を共有するために、英語は必須となる。一部の、例えば国際部だけが、英語で情報をやりとりするのではなく、全社員がフラットにいつでも情報共有するために、英語は必須となる。

もちろん、うまく行ったことばかりではない。試行錯誤の積み重ねである。

楽天の英語化についてハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディーになって、様々なインタビューなどが行われた。そして、その研究で社内公用語の英語化の軋轢、問題点なども明らかになった。

それ(ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の論文)は僕に大きな衝撃を与えた。ニーリー氏のもたらした情報の中に、それまで僕の耳に届いていなかった、社員たちの赤裸々な証言があったからだ。

「英語をしゃべれない社員は、会議で発言できず、自分が劣っているように感じている」という声もあった。

HBSの研究は非英語圏の企業がローカル企業からグローバル企業になるために英語化の問題がさけて通れないことを指摘している。それだけではなく、その施策が社員に痛みを生んでいることを経営層に伝える役割もあった。

楽天の英語公用語化という実験は、日本にとってだけでなく、世界にとっても大きな意味を持つのかもしれないと思った。

本書では英語化プロジェクトを楽天がこの2年間でどう推進してきたか詳細に記述してある。

TOEICなどは所詮単なる試験である。しかし、ベストではないが、近似値としてはgood enoughでもある。そして、その点数をKPI(Key Performance Indicator)として見える化し、進捗を管理する。仮説を立て、実行し、検証し、仕組み化する。そのプロセスの繰り返しである。英語化プロジェクトも同様だ。

各部署が、TOEICのターゲットの点数を取るための方法をいろいろ試したり、点数を競いあったりしながら英語力を身につけていった。点数を見える化しているので、2011年3月時点で目標の点数を取る人の割合が、全社員の3割以下だったのが、2012年5月時点で約8割。TOEICを受けていない人ないし目標の点数まで200点以上差がある人の割合が、5割から2.5%まで急速に減って行った。

この数字は外部に公開していなかったもので、おそらく本邦初公開であろう。もちろん社員は朝会でその数字を共有していたので知っていたわけであるが、当初は2012年7月に達成することは不可能と思われたものも毎月毎月すごい勢いで記録が更新されることを目の当たりにして、心の底からすごいと思った。やりきる力を、この会社の社員は持っていると社員ながら思った。それが楽天の強さでもあると感じた。

楽天の社員がTwitterなどでグリーン達成とかつぶやいていることを見た人もいるかと思うが、求められているTOEICをクリアすることをグリーンと呼んでいるのである。多分、グリーンになった暁には焼き肉でも食いに行っているのだろう。

実のところ、英語化はまだ始まったばかりである。これからが本番である。本番になる前に、マスメディアに面白おかしく取り上げられたおかげでその意義や目的が十分理解されないで論評されていた節もある。今回、三木谷浩史「たかが英語!」によって多くの疑問、誤解が解消されると思う。その上で、さらに建設的な議論がされることをわたしは強く望む。

本書は、社内公用語英語化の解説書という体裁をとっているが、楽天の経営戦略、あるいは三木谷浩史の夢、野望を記した本である。その野望を達成するために、グローバル化はさけて通れなくて、グローバル化するためには、英語化が選択肢とではなく、必然としてあったということである。

2010年、三木谷浩史はインタビューでTOEIC800点を取れない執行役員はクビだという刺激的な発言をしたとされているが、この2年間ですべての執行役員がターゲットとした点数をクリアした。その中には、300点台、400点台の英語がまったくできなかったおじさんもいたと言われている。

たかが英語である。

誰でも英語はできるようになる。その意思さえあれば。楽天の実験はそれを示している。

本書は、英語で苦しんでいるすべての人にお勧めしたい。

クレージーなことも一生懸命やれば何かになる。英語化なんて馬鹿じゃないのと言われたこともある。馬鹿だからやるんだ。そしてともかくやってみて何かが見えてくる。そんなことを学んだ2年間でもある。