ゼロ、堀江貴文著、読了。
堀江貴文という希有な人材を日本という社会は排除した。彼は30代のほとんどを裁判と牢獄の中で過ごした。
ゼロには裁判の事や、いわゆるライブドア事件の事はほとんど出てこない。
彼はこの書でありのままの自分を語ろうとしている。
その彼自身が記す彼の姿はずいぶん穏やかに見える。多分、メディアが伝えた姿は、かなり誇張されていた部分があるのだろう。逮捕される前の彼と刑務所で過ごした後の彼とは振る舞いにおいてずいぶん違うのかもしれない。あるいは本質はほとんど変わっていないのかもしれない。それはわからない。
重松清「とんび」を読んで号泣したエピソードがある。ライブドアの仲間達の寄せ書きを弁護士が持って来て、それを読んで号泣したエピソードがある。自分が信頼していた部下が横領したり背任行為をしていたということを、後に知って、裏切られた思いを感じたことなどを記している。
その記述は淡々としている。
ホリエモンが号泣をする。メディアから受ける印象からはらしくないと思うが、そのエピソードに、ホリエモンも、当たり前だけど、一人の人間なんだなと思う。
インターネット時代の若い才能の肉声を聞いてみよう。若いと言っても、もう40過ぎのいい歳したおっさんではあるが、それでも彼の声には聞くべきなにがしかのものがある。
出来れば、50代以上のホリエモンを認めない世代の人々に読んでもらいたい。