離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応、アルバート・O・ハーシュマン著、読了、濫読日記風 2018、その45
離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応 (MINERVA人文・社会科学叢書)を読んだ。
創造的論文の書き方、伊丹敬之著、読了、濫読日記風 2018、その44 - 未来のいつか/hyoshiokの日記 で読んだ「創造的論文の書き方」でハーシュマンを紹介していたので、興味を持って読んだ。
本書は離脱・発言・忠誠というキーワードから、組織や社会と個人の関係だけではなく、経済的な活動にまで議論を広げている。
個人がある組織やコミュニティに属しているとして、その組織なりコミュニティが自分にとって期待するものでなくなった場合、そこから離脱するのか、発言をして内部からそれを変えるのか、様々なオプションを取りうる。経済的な観点から言えば、ある商品なりサービスが自分にとって十分満足がいかないものであれば購入を止めることが離脱だし、クレームをつけ供給側の変化を期待するのが発言、そのまま利用するのが忠誠ということになる。
ハーシュマンはこの「離脱・発言・忠誠」というキーワードを使うことによって経済学と政治学を同じフレームワークで議論することを試みている。
消費者が離脱オプションを利用できるのが通常の競争の特徴である。しかしながら離脱オプションが本当のところどのように機能しているかについてはあまり明らかになっていない。(23ページ)
発言オプションについて離脱オプション同様の「回復メカニズム」として、どのような場合離脱オプションではなく発言オプションが取られるのか。(34ページ)
例えば、公立学校と私立学校の例を考える。公立学校の教育の質が低下した場合、近所に良い私立学校がある場合は、親たちはわが子を私立学校にやろうとする。発言して公立学校の品質を向上させるのではなく、離脱オプションをとる。そのため公立学校の改善は進まず衰退していく。仮に私立学校という代替的選択肢がなければ、親たちは断固たる覚悟で衰退に立ち向かうはずである。(52ページ)
政治的な対立の場合について日本とラテンアメリカを例に語られている。
島国であることによって日本では、政治的対立の可能性に対して厳しい限界が設けられている。亡命が簡単にできないために妥協する美徳が教え込まれている。アルゼンチンの新聞の編集者なら、逮捕や暗殺の危険にさらされれば、川を渡ってモンテヴィデオに逃げ込み、そこで今まで通り家庭を持つ生活を送れるだろう。(中略)。大部分の日本人にとって、母国こそ唯一の居場所だった。(67ページ)
忠誠は、発言を活性化する。自分の組織を正しい軌道に戻すことができると確信しているメンバーによってなされる。(86ページ)
組織への参入費用を高くし、離脱に対し厳しいペナルティーを設定することが、離脱あるいは発言、もしくはその両方を押さえつける忠誠を生みだし、それを強化する主な方策の一つである。(100ページ)
アメリカ的イデオロギー・慣行のなかの離脱と発言。(第8章)。アメリカは発言よりも離脱を重視してきた。(ヨーロッパからアメリカに逃げだしてきた17世紀の人たちを先祖に持つ)
働き方というコンテキストで個人と会社の関係を考えてみるとこうなる。なんだかよくわからない、ソリの合わない上司との関係に疲れ転職するのは「離脱」であり、いろいろとコミュニケーションを取ろうと努力をするのが「発言」である。自分の会社の業績が悪化して、成長に見切りをつけて転職するのは「離脱」であり、V字回復を目指していろいろと努力するのは「発言」である。
日本では組織に対して「離脱」オプションを取ることはあまり奨励されていないように感じる。人材流動性が低い要因の一つではないだろうか。石の上にも三年。離脱することは裏切り者と呼ばれる。
かといって「発言」オプションも空気を読めという同調圧力にさらされる。
結局、過度に「忠誠」オプションを期待される。
働き方において「離脱」オプションが増えていけば、経営者は自らの経営の質が低下しているということを知るシグナルになり、それを改善するきっかけになる。従って過度な「忠誠」オプションを求めることは経営の質を下げることになり好ましくない。職場を健全に保つために、「離脱・発言・忠誠」のバランスを取る必要がある。
本書を読んでそのようなことを思った。日本の組織を考える上でもヒントに満ちた良書である。
翻訳は今回が初めてではなく1970年にミネルヴァ書房より三浦隆之役「組織社会の論理構造ー退出・告発・ロイヤルティ」として出版されていた(206ページ)。
新訳(本書)では、Exit/Voice/Loyaltyをそれぞれ離脱・発言・忠誠と訳している。(同ページ)
個人的には新訳の方が馴染みがある。
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