未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

なぜDECは市場から撤退しなければならなかったのか。

DECの企業文化について、先日記した。(昔DECという会社があった。エンジニアとして必要な事はDECで学んだ。) *1 そんなに優れた技術があり、優れた企業文化を持ち、優秀な技術者を多数抱えたエクセレント・カンパニーが21世紀を待たずしてなぜ市場から消えなければならなかったのだろうか。

経営者が愚かで放漫経営をしていたからとか、法律に違反するような経営をしていたとか、そーゆー話であればわかりやすい。その経営者が愚かであったということで決着がつく。

DECの凋落の原因は、むしろ無能な経営者によって引き起こされたというよりも、むしろ、有能だったがゆえに、成功の呪縛から逃れられなかったという風に考えられる。既に起きてしまったことをあれやこれや言っても所詮結果論にしたすぎないが、あえてそれを考えてみたい。

イノベーションのジレンマ」では、利益を最大化させる資源配分メカニズム(プロジェクトの投資を決めたり、人員配置、研究開発の優先度の決定などなど)が特定の状況下では優良企業を滅ぼすことが説明されている。

破壊的イノベーションの状況では、新規顧客や魅力のない顧客群に安く売れる、シンプルで便利な製品を商品化することが課題である状況では、新規参入者が既存企業を任す確立が高いことが示されている。

IBMにとっての破壊的イノベーションはDECが作っていたミニコンであった。DECはIBMにとっては破壊的イノベーターとして、VAXを売りまくり、IBMの市場を侵食していた。

DECにとっての破壊的イノベーションUnixワークステーションやPCである。ミニコンに比べればはるかに安いが、機能は劣る。80年代前半の時点では、UnixワークステーションやPCはまだ海のもの山のものとも分からないもので、VAXが売りに売れていてキャッシュをばんばん稼いでいる時点で、経営資源Unixワークステーションの開発やPCの開発に充てると言うことは、利益を最大化する責任のある経営者には到底できはしない。

UnixワークステーションがVAXの下位機種を置き換えつつあったときDECの経営者はIBMを仮想的として、VAXの上位機種の開発に積極的に投資していった。それは、そちらの方が利益がでかいし、Unixワークステーションのような廉価モデルでは十分な収益をあげることが難しいと判断したからだ。SunのワークステーションがVAXをどんどん置き換えている時に、破壊的イノベーションによって破壊される企業は有効な打ち手を打てない。仮にSunのワークステーションの対抗機種を同程度の価格で販売することができたとしても、それは、VAXの売上を減らすことで、どっちにしても利益を毀損するのである。いわゆる自分で自分の足を食っているタコになっているのである。営業はわざわざ安い機種を売りはしない。できれば高い機種を販売しようとする。

結局、破壊的なイノベーションに対して有効な策を打てないのである。

経営者が真面目に利益を追求しようとすればするほど、廉価版の製品を開発することは難しいのである。

DECはVAXの後継として世界最高速のマイクロプロセッサAlpha AXPを開発するが、80年代に歴史は動いていて、Alpha AXPを発売した92年には、雌雄は決していたのである。

優秀なエンジニアはどこに行ったのだろうか?自由闊達なエンジニアリング文化はなす術もなかったのだろうか。

もちろん、PCやUnixワークステーションがVAXのマーケットを侵食していることに警鐘を鳴らすものはいた。しかし、主流とはならなかった。それはVAXのプロダクトラインが多くの利益を稼ぎ出していたので、社内的にも影響力があったからである。

わたしも一介のエンジニアとして、VAXのアーキテクチャーは、コスト性能比もいいし、スケーラビリティーもあるし、互換性も申し分ない、VMSは性能もいいし、使い安い。それに比べればUnixなんておもちゃだと本気で思っていた。Unixとの機能比較表を作れば、VMSには○がいっぱいついて圧勝という風に思っていた。実際そうなのであるが、顧客は安いSunのワークステーションを買って行った。多くの顧客にとって、VAX ClusterとかSMPとかスケーラビリティよりも、Unixの方が安くて使いやすかったのである。

PCはおもちゃだと思っていた。それが、結果としてミニコンというマーケットセグメントを市場から消し去るなんてことは露程思っていなかった。

自社のテクノロジーの優位性にエンジニアも泥濘していたのである。

そして、1998年PCというおもちゃを売っていたCOMPAQにDECは買収されるのである。わたしは、おもちゃと思っていたPCベンダーに買収されるということに強い衝撃を受けた。例えて言えばトヨタがインドの自動車会社に買収されるようなインパクトを感じた。

DECの経営陣が80年代ころどのような判断をすれば、90年代生き残れたかは分からない。少なくともIBMは生き残った。HPも生き残った。

自社のビジネスモデルにとって破壊的イノベーションとはなんだろうか。それを考えることは恐ろしくもあるが、破壊的イノベーションから生き残るためには必須のことである。

破壊的イノベーションは既存の顧客によりよい製品を提供することではなく、機能は劣っている製品やサービスを売り出すことである。製品を定義しなおすのである。シンプルで安いマーケットセグメントを新たに作り出すのである。

*1:昔DECという会社があった。エンジニアとして必要な事はDECで学んだ。 http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20110212#p1