未来のいつか/hyoshiokの日記

hyoshiokの日々思うことをあれやこれや

海外生活とか

もう25年くらい前の話なのだが、DEC時代に米国東海岸ニューハンプシャー州に行って一年ほど過ごした。ニューハンプシャー州というのは、ボストンがあるマサチューセッツ州の北側にあって、国境でカナダに面している。冬は寒い。秋は紅葉が奇麗だ。自然が多い。田舎である。
初めての海外赴任で、何から何まで初めての経験だらけであった。当時はインターネットもないので、日本語での情報は、同時期に日本から赴任している会社の人や、知り合いの知り合いから聞くくらいしかなく、かなり不安感もあった。
とは言うものの社内のネットワークには掲示板のようなものがあって、そこで様々な情報が共有されていた。12月には七面鳥が全従業員に振る舞われて、その調理方法などが掲示板に記されていたりした。七面鳥をオーブンで焼くなんてことも初めての経験である。
1989年10月末にボストンのローガン空港に到着した。
翌日、オフィスに挨拶に行った。出張で何度か来ているので、ボスの席は、どこだか分かっていた。それぞれの席は背丈代のパーティションの区切られているので、パーティションの入り口までいかないと中の人には会えない。
ということで、Steve(ボスの名前)に挨拶に行った。じゃあ、みんなに紹介しよう、ということで、それぞれのパーティションに案内してくれた。最初に誰に紹介されたか覚えていないのだが、オフィスに行くと、そこにはスーパーマンのコスチュームを着たエンジニアがいた。(うわー、フリーダムだな)。こちらは、誰々だ、こっちはHiro、日本から来た、みたいな感じで紹介してくれるのだけど、(スーパーマンかよ)、相当きょどっていたかもしれない。緊張感が倍増した。その次のブースには、魔女がいた。(うへ、魔女か)、紹介されるエンジニアそれぞれが変な格好をしている。ふつーの格好はマネージャーのSteveだけだ。なんか、大変なところに来ちゃったなあ、やっていけるかなあ、大丈夫か、自分はなんてことを思ったりした。
ということで、チームのメンバーに紹介してもらったのだが、強烈な印象というか洗礼を受けた。後にそれが、ハロウィーンというイベント(?)で、皆が好き勝手なコスチュームを着て楽しむ日だと言うことを知ったのだけど、もちろん、25年前の自分はそんなことを知る訳もない。
知らないことを知ると言うのは驚きや戸惑いもあれば喜びもある。海外生活にはもちろん不安もあれば、それ以上に期待もあった。肩肘をはって行ったオフィスの初日がハロウィーンの日という偶然によってその固さがほぐれたのはラッキーだったのかもしれない。様々な失敗やアクシデントもあったけど、どれもいい経験だった。
文化的な違いもあったが、人間の普遍的なものは、さほど変わらないというようなある種の達観を得たのは僥倖だった。何事も経験しないとわからないことがある。
若い人には、機会があるのなら海外生活をするということを強くお勧めする次第である。